Sapporo Choreo(サッポロコレオ)振付家養成講座
2019年度の実施報告書「フリツケカをイクセイする?」(2020年7月発行)から、札幌プラットフォーム の森嶋さんのご報告をピックアップ紹介します。
なぜこのプロジェクトを行おうとしたか、2019年度の成果、どんな振付家を育成したいと考えているか、をお聞きしました。ぜひご覧ください。
2019年度に実施したプロジェクトについて。なぜこのプロジェクトを行おうとしたか、当初目的に対する成果、そして今後の展望などをお聞かせください。
札幌ではダンサーを育成する場はダンススタジオを中心にたくさんあり、踊り手としての能力が優れているダンサーはそれなりに多いと感じています。また指導の場も多いので「ダンスを教える指導者」として高い指導力を兼ね備えたダンサーも多いです。
北海道内のほとんどのダンサーは「プロダンサー」ではなく「ダンス講師」「ダンススタジオ経営者」として収入を得ています。最近は少し増えましたが、以前はダンサーや振付家として収入を得ている人は皆無に近い状況だったと言えます。自主公演を企画するダンスカンパニーやフリーランスのダンサーなども非常に少なく、ダンススタジオが企画する発表会や各種ダンス協会による合同公演が主体でした。
弊会の設立時(2011年)の活動目的は「自主公演を実施する振付家・団体を増やし、市民がダンス公演を日常的に楽しむ環境を作る」とし、札幌市を中心に若手のダンサーやフリーランスのダンサー、振付に興味がある人の支援を始めました。所属を問わずに有望なダンサーを集めて様々なコンセプトの公演を企画したり、国内外からこれまで50名以上の講師や振付家を招きワークショップや公演を実施したり、国内外のゲストを招いて舞踏やダンスのフェスティバルを開催したり、北海道内外のダンサーや団体による自主公演の制作サポートなどを行うなど、少しずつダンスの環境を整えてきました。これらの活動によって「コンテンポラリーダンスを踊るダンサー」は増えましたが、一方で「作品を作ることができる作家・振付家」はなかなか増えませんでした。
北海道には舞踊専攻を有する芸術大学などの教育機関が無く、振付を知識やスキルとして学ぶ場所がありません。また、第一線で活躍するダンスカンパニーも無かったので、ダンサーとしてカンパニーに所属しながら振付家から創作を学ぶ/盗むこともなかなかできません。振付に対する知識や、創作への取り組み方がわからず、「創作方法をゼロから独学で模索する」という段階から始めなくてはいけない環境でした。
そこで弊会では2014年に、座学を中心とした振付家養成講座を行いました。振付とはそもそも何か、振付の種別はどんなものがあるか、ソロとデュオとグループによる振付の違い、コンポジションの役割と効果、テーマとコンセプトの作り方について、照明の種類と効果についてなどを知識として学ぶ場を作りました。
すると効果はわりとすぐに表れて、昭和レディ、micelleなどのダンスカンパニーやユニットが誕生し、これらに触発されたかのようにオトコカオル、飴を齧るな、in the boxなどのダンスカンパニーやプロジェクトが札幌で独自に立ち上がって自主公演が増えていきました。
その後は弊会ではダンスフェスティバル事業に注力していたため、振付家養成講座を開催する機会はなかったのですが、JCDNの人材育成事業が立ち上がった際にタイミングも良かったので参加させていただきました。
受講生の応募がどのくらい集まるかが不安要素ではありましたが、定員以上の応募をいただくことができました。また、2014年の振付家講座で感じた課題などを反映することができ、短時間で効率的に座学を実施できたので、一定の成果は挙げられたと感じています。
正直なところ、北海道(=地方都市)からいきなり世界に通用する振付家を生むというのは現実的ではありません。日本のコンテンポラリーダンスと呼ばれるものは、これまでは大都市(主に首都圏や関西圏)を中心に発展してきたといえるのではないでしょうか。理由の一つとして、コンテンポラリーダンスとはジャンルではなく、クラシックバレエ、ストリートダンス、モダンダンス、ジャズダンスなど既存のダンスジャンルを長年踊ってきた人(もしくは演劇、マイム、美術などの表現活動をしてきた人)が辿り着く場所という傾向が比較的強く、観客も含めてどうしても玄人志向の踊りになってしまう性質があります。この性質は文化の幅をもたらすため社会にとって大変重要なことであります。ですが、地方都市では少数派になりがちで、町に根付いて活動を続けるのは簡単なことではなく、実際に有望なダンサーは東京や関西、はたまた海外に拠点を移すという事例が多くみられます。コンテンポラリーダンスだけではなく、ファッションやアートでも先鋭的な表現はこれまでは都会に集まりやすかったと思います。
一方で、コンテンポラリーダンスは一般的なダンス(ヒップホップ、バレエ、ジャズダンス、タップ、フラダンスなど)のように世界中で同じ形のダンスを継承していかなくてはいけない「ダンスジャンル」ではありません。共通の身体言語が無い分、地域性というものを反映できる唯一のダンスである、ともいえるのではないでしょうか。これは作品の傾向が偏るという意味ではなく、クリエーションの在り方や住環境、労働環境は作品に影響を及ぼすと仮定したうえで、何かしらの地域性というものがみえてくるのではないかという意味です。地域ならではのダンスの在り方を見つけることは十分に可能であり、現に今回の講座では北海道らしい純朴さや素直さ、つまりは良くも悪くもトレンドに影響されない個性が反映された作風が多かったような印象があります。
今回は8人の方に作家としての第一歩を踏んでもらうことができましたが、今後も多くの方に同様のステップを踏んでもらい、分母を増やしていきたいと考えます。
昨今では故郷に戻って活動を行う振付家も増えてきましたし、コロナウイルスの影響で都会から地方に住まいを移す作家も増えていくのではないかと感じます。そういった社会の情勢や流れもみながら、人材育成も含めた北海道のダンス環境の充実をこれまで以上に図っていきたいと考えます。
あなたは、どういう振付家を育てたいと思いますか。
また、そうした振付家を育てるために、何が大事だと考えていますか。
振付家育成事業を名乗っておきながらなんですが、「振付家を育てる」という言葉はどうもしっくりこないといいますか、多少の違和感が残ってしまいます。ダンサーであれば技術指導などを通して身体性や技術を育成することが可能ですが、振付家というのは本人の資質(人間力、哲学や美学、センス、人生経験、社会性)が大きく問われる職業だと思います。
では、周りの人間が全く干渉できないかというとそうではなく、振付や創作に関する基礎知識や基礎技法、舞台用語や舞台機構の使用法などを教えることはできると思います。その後も成長する為の場や外部からの意見(視点)を提供することで、干渉することはできるのではないかと思います。
以上を前置きとし、そのうえでどのような振付家を求めているかというと、社会や芸術的な側面から真面目に答えると「独自の価値観や美意識を社会に提案する存在」ではないでしょうか。アーティストの視点は、世界の新しい見方を提示することができると思っています。
一方で、そもそも私たちのような「ダンス事業の企画者」にとって振付家はビジネスパートナーであり、事業に不可欠な存在といえます。私たちは社会や環境に対して何らかの影響を与えることを目的に、事業の外郭を形成することが仕事ですが、肝心の中身を作る振付家がいなければ成立しません。
当団体のようにダンスフェスティバルから芸術祭、町づくりのようなことも行っている団体にとって、振付家に求めるものというのは事業によって変わります。ダンスフェスティバルであれば「面白い作品を作れる人」「社会や環境に問題意識を感じ、喋ることができる人」などが必要となります。芸術祭であれば「地域住民とコミュニケーションがとれる人」「現地の空気を取り込んで、創作ができる人」は重宝します。
町づくりの現場では、市民への簡単な振付ができる人が必要になってくる場合もあります。つまり、私たちとしては「何でもできる完璧な振付家」が一人いるよりも、その場面ごとに合った「個性や強みがはっきりしている振付家」が複数いる方がありがたいのです。
その為にはまずは挑戦する人を増やし、基礎となる知識・技法を学んだうえでステージやプロジェクトの機会を増やし、経験を積みながら独自の作家性を磨いてもらうことが重要だと考えます。振付家としての力を上げる為にはとにかく作品を作り続ける必要があり、周りの人間もなるべく結果を焦らない必要があるのではないかと思います。ダンサーも振付を学ぶことで、踊りや振付をより深く理解することができるはずです。
振付の意図を理解することは、ダンサーとして振付家と共に仕事をする際にも大いに役立ちますし、観客としてダンス作品を観る際にも視点や理解が変わってきます。また、観客も振付を学ぶことができるのであれば、観客も作品を見る目が成長し、演者と共に文化を高めあうことに繋がっていくのではないかと考えています。まずは基礎知識が大事と考え、今後も座学の重要性を広めていければと思っています。
(コンテンポラリーダンス・プラットフォームを活用した振付家育成事業「ダンスでいこう‼」2019報告書 フリツケカをイクセイする? 第二章p26-28)